ただいまの数分前

2026.07.21 エクステリア NEW

作成者:佐々木 美祈

今日は、ずいぶんと歩いた。見慣れた角を曲がり、自分がひどく消耗していることに気づく。街路を照らすのは、地面の数メートル周囲を白く切り取るためだけの、感情の無い街灯。その光のなかに浮かび上がったのは、針のように鋭い無数の雨の線。傘の膜に遮られた雨音は、妙に静かだった。並ぶ住宅の窓からは、カーテン越しに室内の明かりが漏れている。テレビの画面が切り替わるたび、光が不規則に明滅していた。きっと、中では何の変哲もないバラエティ番組でも流れているのだろう。その平穏が、少しだけ羨ましかった。

階段のアプローチにたどり着いた。右手から斜めに身を乗り出したモミジのアーチと暖色の光が温かく迎え入れてくれた。傘を叩く雨音の間隔は長くなり、モミジの葉先から溢れた大きなしずくが、ぼとん、ぼとんと確かな重さで傘を叩く。その音は、強張った心を少しずつほぐしていくようだった。

三メートルの高低差を巧みに生かした、この階段。その途中で、擁壁へとそっと腰を下ろした。歩き疲れた身体に、雨に濡れたコンクリートの僅かな冷たさがどことなく心地よかった。

すぐに玄関にたどり着けるような、平坦で機能的なアプローチの方が、きっと世間一般には「便利」と呼ばれるのだろう。けれど、私にとっての豊かな住まいとは、きっとそういうことではない。雨の夜、この豊かな植物に囲まれ、暖かな光に導かれながら、一段一段踏みしめていく。そのわずかな移動の時間があるからこそ、今日という一日の中で散らばってしまった心が整えられていくような気がした。

深く息を吸い込み、肩の力を抜く。ああ、帰ってきたんだな。